先輩起業家インタビュー
Interview
富山市中沖の閑静な住宅街にたたずむ『椿や』は、築64年の古民家をリノベーションし、ご夫婦2人で営んでいる予約制の和食店です。旬の素材を使用した月替わりの季節御膳や手作りデザートを求めて、多くの方々が訪れています。令和5年6月に同店をオープンしたオーナーの中島克己(なかじま・かつみ)さんと奥様の淳(じゅん)さんに、開業までの経緯や苦労、公的機関の支援、これからの展望などをお聞きしました。
克己さん:
料理人を志したのは、中学校に入った頃です。高校卒業後は石川県調理師専門学校に進学し、金沢市の和食店に就職しました。当時はテレビ番組の影響で、空前のグルメブームが到来していた頃。京都で本物を知る必要性を感じていたところ、先輩から祇園にある割烹料理店を紹介いただき、カバンひとつで向かいました。修業を積む中、町屋のフレンチ店を街で見かけまして。その雰囲気に惹かれ、いつか独立して町屋で和食を提供したいと思うようになっていきました。
茶懐石のお店と合わせて10年修業を積んだ後、富山へUターン。和食店での板前を経て、専門学校で日本料理の教員を務めました。その頃に偶然巡り合ったのが、今お店が建っている土地です。先にお話しした町屋フレンチの雰囲気をここで再現できたらと、具体的に起業を考える大きなきっかけになりました。
克己さん:
『椿や』の料理は、私が一人で作っています。デザートづくりや接客、経理は妻が担っています。料理を作るうえで心がけていることは、お客様に価格以上の美味しさと驚きを提供すること。高級な食材で勝負をするのではなく、これまでに培った技術と経験で食材の良さを引き出し、独自性の高い料理に仕上げるよう努めています。実際に料理人の先輩や師匠から「食材にお金を費やしているね。これで採算が合うの?」と聞かれた時は、プロでも気づかないことが嬉しかったですね。
淳さん:
敷居の高くない和食店でありたいと思っていて。だからか、気さくに話しかけてくださるお客様が多いんですよ。
克己さん:
起業にあたっては、自己資金のみ、借金は絶対にしないと決めていました。身軽であることが一番大切だと考えていたからです。公的制度や事業はほぼ活用していませんが、事業計画書を作成する際には富山市北商工会の支援を受けました。
淳さん:
私は、富山市北商工会が主催されている「富山市北創業塾」のすべてのカリキュラムを受講しました。難しい内容でしたが、お昼時間に起業を志す方たちのいろいろなお話を聞くことができ、やる気が湧きましたね。また、富山市北商工会から推薦され、「よい店づくりコンクール」で優秀賞をいただきました。
克己さん:
どこででも飲食店は開けません。創業までの過程で最も苦労したのは土地の用途地域の確認で、飲食店が開業できるか否かを司法書士に依頼せず調べましたね。また、この家は登記されていなかったため、どの時点で存在していたかを証明する必要がありました。難航を極めましたが、国土地理院の航空写真に数十年前の姿が残されていまして。無事に登記し購入できました。その後の、消防法に適したリノベーションも大変でしたね。店舗の規模によってはスプリンクラーの設置が必要になり、古民家の風情を損なってしまうため、飲食スペースの面積を狭めました。いろいろな手間がかかりましたが、さまざまな仕組みを知れたのは面白かったです。
淳さん:
この家はすごくきれいに住まわれていたので、天井や壁紙などはほぼそのまま活用しています。私たちが変えたのは襖や照明ぐらいですが、インテリアの仕事や洋裁教室での学びなど、これまでの経験をすべて生かせたような気がしています。
淳さん:
オープン当初は、お店が知れ渡るまでに1年ほどかかるだろうとのんびり構えていましたが、SNSで広まり多くのお客様にお越しいただいています。インスタグラムとFacebookにリノベーションの過程を投稿していたので、仕上がりに興味を持たれた方も多かったのかもしれません。 大病が発覚した際、もう好きなことができないかもと思っていましたが、夫のおかげで店を持つという夢を叶えることができました。病気と闘っている方たちにも希望があるということをお伝えしたいです。
克己さん:
オープン後は、ご近所の方々との交流が盛んになりました。「収穫した野菜を取りに来て」「お花を摘みに来たら」と声をかけてくださいます。また、盆栽を譲り受けたことも。それをきっかけに盆栽が好きになり、同じ趣味を持つお客様と会話が止まらなくなることがありますね(笑)。
美味しい和食を提供することはもちろん大事ですが、若い頃から板前の他にもうひとつ生活の糧になるものを作るようにしてきました。教員時代から蕎麦打ちを習い続けているのも、その一例です。これからもひとつのことにこだわらず、現状に満足せず、常に先のことを考えていきたいですね。例えば、このお店で蕎麦を提供するなど、体力に合わせて変化していきたいと考えています。
また、現在は教員時代に取得した狩猟免許を活かした展開も進めており、今年12月に開催予定のジビエPRイベントへ参加するなど、ジビエ料理の普及を目指すメンバーの一人としての活動を始めています。
淳さん:
実行あるのみ。頭で考えるより、一歩前に進んだら良いと思います。すると、人脈などが不思議と開けていきます。
克己さん:
先にも言いましたが、自己資金が必要。心の余裕の原点は、お金だと思います。ある程度の余裕がなければ、お客様にも家族にも負の感情が伝わり、自身の精神衛生上にも良くありません。また、お客様に喜んでもらうためには発想力が必要。芸術鑑賞や読書などいろいろなものを見ておくことが財産になります。